July 10, 2009
源泉、源泉¥¥¥¥¥
わ~!! 忘れてた!
今日は源泉の納付日だった。。。
小さい商売は年に2回まとめて払うんですが・・・。
忘れると大変、延滞金を納めることになります。
今年から労働保険の期限も同じ、しかも今年は利率が下がってうれしいが分割できなくなった・・・。イタタタ・・・。
銀行混んでるだろうな~!! 行ってきます!
飲食店でしかも1軒だけで社会保険完備は珍しいらしいが・・・
おかしい話だ!
July 08, 2009
映画 苦い蜜 仙台で撮影中!
最近 仙台の街の中で映画の撮影をよく見かけます!
今日の仙台も暑いのですが、そんな中 定禅寺通で撮影をしてました!
大変だろうな~。
写真車の中から撮りました!
全然分からない・・・・KUROSAWA スタジオっていう車が数台とクレーンみたいなのがあったんです。凄いなー!
映画 苦い密のサイトはこちらhttp://www.nigaimitsu.com/(準備中)
July 02, 2009
みやぎの蔵元たちはビジョナリーカンパニーズ!!
本日読み終えたこの本!挑戦する酒蔵にはみやぎの蔵元が2蔵(浦霞と蒼天伝)について書かれてある。
サブタイトルは本物の日本酒をもとめてとなっています。
全国の蔵元たちのチャレンジが書かれてあります。
読むと益々日本酒は大切な日本の宝だと感じます。
そして、蔵元は地域の中で核となっていた存在だったと強く感じ
蔵元は地域に根ざしたビジョナリーカンパニーであるからこそ長い歴史が刻まれるのだと感じます。
今後もみやぎの蔵元はビジョナリーカンパニーあって欲しい。
June 29, 2009
宮城の酒の歴史
宮城県で発行してるメルマガに橋本先生のお酒の話があります。
残念ながら今回で最後だそうです。
今回は宮城の酒の歴史、残しておきたい内容なので転記しました!
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■ 1 みやぎのおいしい地酒 … お酒造りの歴史 ■
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みやぎのおいしい地酒にまつわるいろいろな話を、毎月1回、産業技術総合センターの橋本主任研究員から紹介していただきましたが、いよいよ今回は最終回のお届けとなります。
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みなさまこんにちは。お元気でお過ごしでしょうか。酒造の世界には、カレンダーの一年(1~12月)や会計年度(4~3月)とは違う、酒造年度という暦があり、7月1日から6月30日までの一年を年度としています。この連載は、平成18酒造年度の7月にスタートいたしまして、ちょうど満3年、36回にわたりお酒の話を書きつづって参りましたが、今回で最終回となりました。
さて、今回は酒造の歴史の話をさせていただこうと思います。古事記の伝えるところによると、高天原(たかまのはら)で乱暴を働き、追放された須佐之男命(すさのおのみこと)が出雲国の肥の川の河上、鳥髪(とりかみ)という地にて八俣呂知(やまたのおろち)を退治するため、八塩折(やしおり)の酒を醸し、八つの門に酒船を置いたとあり、ここから古代に荒ぶる神を鎮めるため、神酒を用意する風俗があったことが見て取れます。また、8世紀前期の播磨風土記には「大神の御粮(みかれい)沾(ぬ)れてかび生えき、すなわち酒を醸さしめて、庭酒を献(たてまつ)りて宴しき」と麹の力を利用した酒造りの記載があり、今日の酒造りの原型がそこにあるかと思われます。
中世になると、今日の酒造技術の原型がほぼでき上がります。嘉吉年間(1441-1444)の文献には、奈良菩提山正暦寺で今日の酒母の原型となる、少量の蒸米、麹、生米、水を用いて仕込む菩提もととよばれる手法が記載されておりますし、1570年ごろの「多聞院日記」に酘(とう)とよばれる、菩提もとを母体として3度に分けて蒸米、麹、水を加えて仕込み、大量のもろみを得る、現在の三段仕込の原型が記されております。火入れ(低温殺菌)も同じく「多聞院日記」に記載がありますが、フランスのパスツールが低温殺菌法を発明する300年も前に、経験的にそうした技術が確立していたということは、当時の日本が極めて高い微生物制御技術を(知らず知らずのうちに)有していたと言えます。これらは、寺で造られた僧坊酒(そうぼうしゅ)といわれるお酒の製造手法で、この時代には寺院が酒造技術をリードしていたことが見て取れます。
仙台藩における酒造りといいますと、政宗が仙台に築城してまもなくの1608年に大和国榧森(かやもり)の杜氏、榧森又右衛門を呼び寄せ、青葉城の三の丸の清水門近くに御用酒蔵を建設し、その付近の水を用いて、城内で用いる酒造りを開始したとあります。当時先進地であった大和である今の奈良県から招かれた又右衛門が造った酒は、イチゴ酒、ブドウ酒、梅酒、薬酒、夏氷酒など二十数種に及んでいたそうで、野外携帯用の印籠(いんろう)酒などというものあったそうです。御用酒誕生により、民間の町酒屋との競争が刺激され、醸造技術を進化させたことでしょう。鳳陽(内ヶ崎酒造店、富谷町、1661年)、勝山(勝山企業、仙台市、1688年)、乾坤一(大沼酒造店、村田町、1712年)、阿部勘(阿部勘酒造店、塩竈市、1716年)、浦霞(佐浦、塩竈市、1724年)などが、その当時に創業し、今日まで続いています。
米の生産性が今日とは比べ物にならないほど低かった当時、仙台藩は厳しい酒造石高の制限をしていたそうですが、宝暦7年(1757年)あたりから次第に緩和され、文化元年(1804年)に至ってから制限令は完全に撤廃されました。この時期に真鶴(田中酒造店、加美町、1789年)などが創業しております。
そして、仙台藩でのそうした新規酒造場の創業に伴い、杜氏に対する需要が高まったことで杜氏の出稼ぎを促し、南部杜氏が成立することとなりました。もともと志和通(現在の岩手県紫波町)では、地域の酒造家から委託で酒造を行う引酒屋(ひきざかや)という下請酒屋があり、当時高い技術を持っていたその酒造家の専属杜氏が引酒屋を巡回して指導していたことによって高度な酒造技術がその引酒屋の杜氏に伝わったことと、元禄年間に泉州(今の大阪府の一部)で発明された千歯扱き(せんばこき)が、文化・文政のころ(19世紀前半)には東北地方まで普及したことにより、それまでの脱穀方法に比べて十倍もの効率になり、年内に脱穀作業が終わるようになったためです。そして仙台領に多くの杜氏・蔵人が出稼ぎに行くようになり、その方々が仙台藩の酒造りを支えるようになりました。
近年、産業構造の変化に伴い、地元の社員さんや経営者の方が杜氏を務める酒造場も増えてきましたが、社員さんの中には南部杜氏協会の杜氏資格を取得されている方もいらっしゃいまして、その流れが今日まで受け継がれて宮城の酒造りを支えています。
長い歴史にはぐくまれ、今日まで受け継がれてきた清酒は、その土地の歴史・風土を色濃く反映し、それぞれの地域特有の味わいを持つものとして今日も存在しています。私たちの宮城県にも28社30場が、それぞれの蔵元さんがおいしいと思い、造りたいと思うお酒に少しでも近づけるべく、日々努力を重ねておりますので、今後ともご愛顧願います。そして、いろいろ書いてまいりましたが、味の好みは人それぞれ、ご自分がおいしいと思うお酒をおいしいと思う飲み方で召し上がるのが一番です。清酒は決して裃(かみしも)つけて飲むような敷居の高いものではないはずです。これからもいろいろお試しいただきたいと思います。
では、長い間ありがとうございました。みなさまに感謝いたします。さようなら。
☆「宮城県産業技術総合センター」のホームページはこちら
-≫ http://www.mit.pref.miyagi.jp/
☆宮城県酒造組合ホームページ「みやぎの酒 選り取りナビ」はこちら
-≫ http://www.miyagisake.jp/
June 27, 2009
食べログ話題の店のステーカー頂きました!
(株)カカクコム様運営のグルメサイト「食べログ(http://r.tabelog.com/)の話題の店と選出されたとご連絡とステッカーを頂きました!
ありがとうございます!!
お手紙には選出基準を上回るクチコミが投稿されており人気店・話題店としてアクセスを集めて居ります。とのご連絡。
このステッカーを頂けるのは全国50万件のうち2%のお店だけだそうです。
これもご来店頂いたお客さまのお陰ととても感謝しております。。
たくさんの努力されてる飲食店の中から、拙店を選んで頂き、光栄であると共に、恥ずかしさもあり、未熟であることを反省しつつ、今後も努力を怠らないようがんばって参ります。
今後とも宜しくお願い致します。
June 26, 2009
マイケルさん逝去
「スリラー」衝撃だったですよ~!
「Bad (バッド)」頃が一番格好いい!しかし曲が作れなくなったのかな・・・。
スキャンダルばかりになって、、50歳若すぎるが体はボロボロなのではないかな。。。
最後のツアー・・・12年ぶりに歌うのは大変だったのではないだろうか?
いずれにしろご冥福を祈ります。史上最高のポップスター!!
残された子供たちはどうなるんだろ・・・
June 20, 2009
夜明け前・・・・島崎藤村
私は最近知りました・・・。
先日、街中を自転車で移動中、藤村広場を見つけました。
島崎藤村が若菜集を書いたとき下宿先だった三浦屋旅館の跡地を広場として残してあるのです。知らなかった・・・。
「まだあげ初めし前髪の 林檎のもとに見えしとき 前にさしたる花櫛の 花ある君と思ひけり...」
仙台は藤村が絶望して居た気持ちを元気にした街だったんですね。
なんかうれしいです。
場所はこちらの不動産屋さんのサイトが詳しいので参考にどうぞ!
日本不動産http://www.nihonfudousan.co.jp/chiiki/02.htm
仙台は昔も今も人に優しい街。
藤村の本は「破戒」しか読んでないので大作を読むことにしました。
夜明け前、、。。明治維新の頃の庶民の話。
変化の多い今、読んだら面白そうです。
検索したら漫画での「破戒」もありました~! どんなのかな・・・。
June 08, 2009
伯楽星カップ バレエコンペティション
ちょっと早い情報提供ですが・・・なんと、大崎市で英国ロイヤルバレエスクールのコンペティションが行われる予定だそうです。優秀な逸材を求めて、校長(伯楽)自ら審査にいらっしゃるとのこと。
しかも日本酒がご縁で決まったそうです。
来年、6月が楽しみです!
是非、バレエをされてるお子様をお持ちの方は注目です!
詳細がわかり次第また記載します。





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